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子供を見ていたら
2007 / 04 / 27 ( Fri )
子供の頃は、親の気持ちなんて考えたこともありませんでした。

でも、自分が親になり子供を見ていると、ふと思うことがあります。
自分の親にも、こんな瞬間があったのかなと。

そんなことを考えていると、
世の中がこれまでと、少し違って見えたりします。
今まで気にしていなかった物に、目がいったり、
何とも思わなかった事に、心が響いたりします。

そして気が付きます。

「理解していると思い込んでいることが、いかに多いか」という事を。

自分は、まだまだ未熟者です。
謙虚さを忘れず、もっともっと、視野を広げていきたいと思います。


後ろ姿







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23 : 04 : 53 | プライベート | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
タイヤ
2007 / 04 / 24 ( Tue )
あの時の出会いから、
不思議と、本当に忙しい毎日が待っていました。

紹介が紹介を呼び、いつの間にか仕事が舞い込んでいるような、嬉しい悲鳴の毎日。
ただ、それでもこの先には、明るい未来がないことを、自分が一番良く分かっていました。

現場に引っ張られ、忙しさに甘え、営業はおろそかになり、
長年の懸案事項も棚上げの状態。
せっかく回りだしたタイヤが止まった時、
そこには、以前と何も変わらない風景が広がっているのです。

僕は焦っていました。このタイヤが止まる前に何とかしなければ・・・。
しかし、その思いとは裏腹に、何の光も見出せぬまま、
タイヤは徐々にスピードを緩めていくのでした。







20 : 11 : 02 | 回顧録7~タイヤ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
出会い
2007 / 04 / 23 ( Mon )
ある日、社長から紹介の仕事があるとのことで、
連絡をとるように言われた人がいました。

その人は、大手住設メーカーを退社後、東京で独立起業し、
リフォーム業からコンサルティング業まで幅広い活動をしているとのこと。
さらに聞くと、新人時代に、うちの会社の担当営業マンとなり、
結婚式では、社長が乾杯の挨拶までさせて頂いている過去も。

その後もいろいろ聞かされたためか、勝手な想像が膨らみ、
変なエリート像が、頭の中にできあがっていました。
そして、その像が離れぬまま、多少の緊張と共に、
待合わせの場所に向かったのでした。

ところが、お会いしてみると、時折出る関西弁が、人のよさを感じさせる、誠実そうな人。
変な想像がはずれて、胸を撫で下ろします。
しかし、そこはやはり起業を果した逸材。すぐに熱意たっぷりに語りだします。

僕は、その人から出てくる熱い言葉と豊富な知識に、すぐ聞き入ってしまいました。
そしてそこには、未来と希望を感じさせる何かが、ゴロゴロところがっていたのです。

運命の出会いになるといいですね、と冗談でいった一言が、
現実のものになる一年前の出来事でした。







23 : 58 : 28 | 回顧録6~出会い | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
全館空調の家
2007 / 04 / 21 ( Sat )
話がまたまたそれますが、
昨年より工事にかかっていた新築物件(約68坪)が、ついに外構まで完成しましたので、
紹介させて頂きます。

こちらのお施主様は、親戚というご縁で声をかけて頂きました。
ご要望を聞くと、海外赴任中に経験していた、家中どこに行っても、冬暖かく、夏涼しい
「全館空調の家」にしたいとのこと。

全館空調という事は、必然的に高いレベルでの高気密・高断熱の性能が要求されます。
提案段階での知識は、前の会社での経験があったので、自信がありましたが、
果たして、施工段階において、それだけの要求を満たせるか。
正直、不安な面もありました。

施工に入るまで、その不安を打ち消すように、専門書や仕様書を読みふけり、
設計士さんや大工さんと何度も相談し、研究に研究を重ねました。

そして、細かい話になりますが、
 ■C値=5.0以下 ・・・(宇都宮における相当隙間面積(c㎡/㎡)の次世代省エネ基準値)
  を最低の目標。
 ■C値=2.0以下 ・・・(全国で最も厳しい地区での次世代省エネ基準値)
  を必達の目標と設定しました。

結果、完成後の気密測定では、C値=0.3という、全国でもトップレベルの高性能を
クリアーすることができました。

お引越しして、まだ1~2ヶ月ですが、その快適さに大変満足のご様子。
心配していた光熱費も、オール電化で月2~3万円と予想を裏切る安さ。
僕自身も、貴重な経験を積ませて頂き、大変感謝しています。
これからも、長いお付き合いになりますが、
今後とも、宜しくお願い致します。


全館空調の家







18 : 34 : 32 | 完成物件 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
最初の提案
2007 / 04 / 20 ( Fri )
以前にも書いたように、
うちの会社は、某住設メーカーのリフォームフランチャイズ店に加盟していました。

その加盟には、リフォーム事業の新規参入に際し、
フランチャイズのノウハウを有効に利用したいという前向きな理由と、
既存のお客様である大工・工務店さんに気を使い、なるべく刺激しないよう、
隠れミノにしたい、という後ろ向きな理由があったと思います。

そのブランドとツールを最大限に活かすことが、
発展の一番の近道だと考えた僕は、
当初、メーカーが用意する雛形チラシを積極的に利用し、
手作りチラシにも新商品をどんどん紹介するなど、
メーカー色を強めていくことを意識していました。

しかし、いくらブランドがすばらしくても、
中身が伴っていなかったのかもしれません。
自社の思いがこもっていないそのチラシは、
お客様の心に留まるものではありませんでした。

苦戦する中、僕は、地元で約60年やってきた信頼や安心を、
もっとアピールしなければという思いを強めていきました。
そこにお客様が求める本来の姿や、強みがあると思ったからです。

社内・外に多少の遠慮をしながら、手作りチラシのなかで、
材木屋であることを少しづつアピールしていきました。
一方、大手ブランドのリフォーム店をイメージして、問い合わせをしてきたお客様には、
そのことは、あえて触れませんでした。

どちらの行動も、どこかうそをついているような、後ろめたい気持ちがありました。

自分はいったい何者なのか、自分を偽らず、正々堂々と仕事がしたい。
そのような思いで、社内会議である提案をしました。

「フランチャイズをやめて自社の名前でリフォーム部門をやりたい。」

しかし、その提案は、誰の賛同も得られぬまま、沈黙のうちに却下されました。
元請でリフォームの仕事をすることに対するアレルギーが、今尚、根深く残っていたのです。
ショックとガッカリで、それ以上、何も言えませんでした。

一瞬射したかに思えた光は、またもや幻に終わり、
新たな一歩を踏み出すには、もう少し時間がかかるのでした。







20 : 51 : 25 | 回顧録5~最初の提案 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
自己満足
2007 / 04 / 19 ( Thu )
過去、チラシ作りから、ポスティング、飛び込みまで、
いろいろな試みをしてきました。

時には湿った床下にもぐり、時には埃だらけの屋根裏に登り、
そんなことをやっている間に、ちょっとした補修も、
だいぶ上手くなったように思えます。

イメージしていた仕事とのギャップに、戸惑いも感じました。
こんなことするために、この会社にはいったのかなと、疑問に思うこともありました。
しかし、リフォーム部門を何とかしなければとの思いが、自分を奮い立たせました。

幸い、紹介も少しずつ増え、お客様とのうれしい出会いや、
大きい仕事も経験させて頂くことができました。

しかし、結局それは、単なる自己満足の世界・・・。
根本的な問題は、何も解決できなかったのです。

「今のままではいけない・・・。」
この思いは、どこまでも付きまとうのでした。


フェスタ







20 : 55 : 00 | 回顧録4~自己満足 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
社風
2007 / 04 / 17 ( Tue )
話が少しズレますが、
うちの会社は17人の社員中、半数以上が親、兄弟、いとこ、という、
典型的な親族会社です。

普段はみんなバラバラで、自分勝手なことをやっているのですが、
そうは言っても、やはり不思議な一体感があります。

なぜなんだろう?

当たり前かもしれませんが、僕が思うに、みんな自分の会社が好きなんだと思います。
そして、この団結感の根底には、創業社長である祖父の、「早すぎる死」があるのだと思います。

祖父は、長男である現会長が、27歳の時に亡くなりました。
工場での電気事故による、突然の死だったそうです。
そして、残り3人の兄弟は、まだ学生でした。

倒産の危機に陥った会社は、現会長の必死の努力により、何とか持ちこたえたそうですが、
20代で突然、会社や社員、兄弟の命運を一身に背負った、現会長の苦労とプレッシャーは、
想像を絶するものだったと思います。

もしそこで会社が倒産していたら、自分もこの世に、生まれていなかったかもしれません。

その姿を見た兄弟が、後に会社に入り、一緒に苦労し、
そしてその息子である、僕たちもまた、その姿を見ながら育ちました。

祖父の「早すぎる死」を乗り越えた時、
共に苦労し、共に喜ぶ社風ができあがっていたのだと思います。
時間は流れ、世代は変わっていきますが、
これからもその社風を壊すことなく、
いつまでも、共に頑張っていきたいと考えています。


切り株






19 : 24 : 10 | 社風 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
大違い・・・!
2007 / 04 / 16 ( Mon )
こちらに戻るまで、
新築の営業も、リフォームの営業も、
同じようなものだろうと思っていました。

それは大きな間違いでした。
新築は何も無いところから作るので、大抵のことは自由がききます。
一定の流れが掴めれば、ある意味、建築にそれほど詳しくない人でも、
それなりに話ができてしまいます。

ところがリフォームは、そうはいきません。
今ある建物の間取り、構造、仕様を利用するので、
その都度、条件が、大きく違います。
今住んでいる住まいを作り変えるわけですから、
壊してから、やっぱりできません、では済みません。

リフォームの提案には、新築の提案以上に、
住まいに対する、広く、深い知識を、要求されるのです。

僕は、自分自身が、もっともっと『プロ』でなければいけない、と思いました。
そして、まずは結果の分かりやすい、資格試験を受けてみようと考えました。

■二級建築施工管理技士
■インテリアコーディネーター
■キッチンスペシャリスト
■福祉住環境コーディネーター2級

目標を決めて、毎年1~2個の試験を受け、結果、数年で上記の資格を取ることができました。

まだまだ、知識欲があります。これからも、本物の『プロ』を目指し、
どんどんチャレンジしていきたいと考えています。





19 : 21 : 34 | 回顧録3~大違い | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
リフォーム部門に入って
2007 / 04 / 15 ( Sun )
僕が入ったリフォーム部門は、違和感を感じることだらけでした。

リフォームをやっているのか、やっていないのかさえ
分かりずらい、控えめな看板。
店名の頭に、某大手住設メーカーの名前を付けていながら、
それを活かしきれていない営業展開。
組織的な仕組みのない、孤立した社内環境。

正直「よく頑張ってきたな・・・」というのが第一印象でした。

最大の原因は、「シガラミ」です。

リフォーム参入時に断ち切ったはずのそれは、
社員の意識を後ろ向きにし、自らお客様を遠ざけ、
すべてが中途半端になっていました。

そして、さらに追い討ちをかけるように、去っていく社員・・・。

「どうすればいいんだろう・・・」
悪戦苦闘の日々が始まりました。


店内







00 : 18 : 39 | 回顧録2~リフォーム部門担当 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
リフォーム部門の担当になったとき
2007 / 04 / 13 ( Fri )
こんにちは。
今日は、実家の材木屋に入ったときのことを
少し書きたいと思います。

前回より、1人で勝手に悩んだ末、実家の材木屋に入ったわけですが、
そこにはまだ、悩める日々が待っていました。

正直に言いますと、僕はこの会社に入って
リフォーム部門の担当をすることになった時、
その担当にはなりたくない、と返事をしていました。
なぜなら、僕は材木屋の息子として、父たちがずっと手がけてきた、
材木屋本来の仕事に携わりたい、と思っていたからです。
それを当時のリフォーム担当者に告げると、
「じゃあ何がしたくてこの会社にはいったの!」ときつい一言。

何を?答えに困りました。僕は自分が入ることで、
父たちの助けになれれば・・・いやきっとなれるはずという程度の思いで、
当然のようにこの会社に戻ってきていたのです。

僕は自分自身の意識の低さを強烈に感じさせられました。
そして、リフォーム部門を盛りたてていくことが、自分の経験を活かし、
会社に貢献できる第一歩なのかもしれないと考えさせられました。

こうして決意を新たにした僕は、リフォーム部門の担当として
材木屋(?)人生を歩み始めるのでした。






18 : 08 : 40 | 回顧録1~材木屋に入る | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
はじめまして。
2007 / 04 / 12 ( Thu )
はじめまして。
初めてブログを書きます。
覗いてくれてた方、ありがとうございます。

まずは、簡単に自己紹介。
ぼくはプロフィールにもあるように、現在、実家の材木屋で働いています。
長男ではありますが、将来の社長を宿命付けられた存在ではありません。
それは兄弟同然に育った、いとこの兄がいるからです。
物心付いた時から、自分も将来、父やいとこの兄たちと、
一緒に材木屋をやるのだろーな、と漠然とした思いの中で育ちました。

しかし、就職活動中は、いろいろ迷いました。
地元で金融関係の企業に就職してしまうか、全国転勤も覚悟で東京の企業に就職するか…。
きついと言われる住宅業界に飛び込んだのも、
いつか実家の材木屋で働きたいと、その時決断したからだと思います。

ところが、いざその会社をやめ、実家の材木屋に戻ろうと考えると、
その時以上に悩んでしまいました。
果たして自分は、実家の会社に求められた人間なのだろうか。
役に立てるはずと思っているのは、自分だけではないだろうか…と。
つくづく、優柔不断な男です。

結局のところ、実家に戻り、同時に結婚という人生の節目も迎えるわけですが…。
いやはや、早くも前途多難を感じさせる自己紹介となってしまいました。

簡単なつもりが、ちょっと長くなってしまいました。
読んでくれた方、ありがとうございました。
続きは次回に。






02 : 15 : 28 | はじめまして | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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